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相馬へ その2 [山口洋]

 ライヴの翌日は、観光バスで、南相馬へ。
 6号線を境にして、津波は止まったのだと。瓦礫はほとんど取り除かれているものの、あまりの荒涼とした風景に愕然とする。
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 瓦礫の集積場。かなり量は減ってきたんだそう。先日、リクオさんたちは、中まで立ち入って、後で危ないよと言われたそうで・・・。今回は、車中からのみの見学。 

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 かつて、住宅があったであろう…。家の基礎を残すのみ。
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 綺麗な砂浜があった、海水浴場。
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 命をかけて守った漁船は、漁に出ることができず、係留されていた。
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 津波は、2階のかなり上までやってきたと。家をみせていただき、ありがとうございました。
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 フレスコキクチ。
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 アコパルご推薦 『いかごろも』お土産にしました♪ 大好評!
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 警戒区域への道。新潟県警の方々がいらっしゃいました。24時間体制で勤務されていらっしゃるとのこと。
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 自立研修所えんどう豆
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 畑で作物を育て、糸に色を染め、機織りをしていたそうです。
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 放射能のため、作物を作ることも染色することも、機織りすることもならず…。
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 今は、缶バッチ作り。
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 SOUMA WEEKを行うにあたり、「被曝させる気か!」などのメールも送付されてきたそうです。
 津波による瓦礫は片付けられて、目に見えてわかるけれど…。放射能は、目にも見えず。見渡す限り私が住んでいる場所と何ら変わりなく見える。でも、そこには確実に放射能が降りてきているわけで。
 地震、津波、原発爆発の時の市役所、病院で起こったことも話していただきました。
 地震、原発が爆発危険は、全国どこにでもある。私の身に周りにもあるわけで。
 私の周りには、自衛隊やら、危ない工場やら、弾薬庫やら、核融合研究所なんかもあるんです。
 とても他人ごとには思えなかった。何が起ころうと、心の準備をしておかないと・・・。

 目に見えることを伝えるのも難しいのに、目に見えないことを伝えたり、理解することは難しい。
 人は、わかりやすいことには対応できるけれど、放射能のように、わかりにくいものへは、自分自身の不安が投影されるのではないかと思う。
 「自分は、恒常的に幸せでなければならない。」「金銭的に、生活も安定しなくてはいけない。」「悲しんだり、落ち込んでいる自分はいけない。」「相手を理解しなければならない。」「絶対的安心を求めなくてはいけない。」・・・様々な「~ねばならない」に包囲されている。包囲されてしまうと、『善』『悪』の二極化で語られてしまう。人が生きていくのは、善悪での区別ではないと思う。それぞれが、それぞれであって然るべき。常に自分の問題として捉えていく必要がある。でも、つい、忘れがちになる。相手のためと思っていても、自分の問題だったり・・・。刹那に生きてはいけない。自分のこととなると、途端に路頭に迷う。

 人は、人の数だけ困難を抱えているはずと思っている。生きている間合計すると、同じ困難と、同じ幸せがあるんだと思うようにしている。(そうではないと、私は、今まで生きてこれなかったから、そして、これからも。)
 感情を大事にしていれば、物の見方、認知というやつはどうとでもなる。物事は常にinclusive(包含的論理和)であり、人には、相反する感情や行動が内包されている。何を選択するかで、自分自身が楽になる。最近、やっとちょっとだけコツを掴んできた(ような気になっている)。

 「多くの人にとって何の価値のない雑草も、禅を学ぶものにとっては宝物である。この態度をもって何事も行えば、人生はひとつの芸術となる」(ビル・オハンロン)

 相馬への旅は、自分自身の道標となるものでした。
 機会を与えてくれたすべての皆様に、感謝。
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